【通信制大学院コーナー】
[修士論文指導]
心理学における研究の進め方?論文の書き方(完)
福祉心理学科学科長
木村 進
研究の進め方?論文の書き方について,一通りのことを書いてきました。基本的なことを理解したうえで,指導の先生と具体的に相談して,研究計画を立ててください。この原稿が最終稿になりますので,今回は,研究を進める時に,あるいは,論文を執筆する時によく使われる専門用語の主なものについて説明しておきたいと思います。
私の担当する院生たちとは,1月12日(日)?13日(祝)の2日間,今年初めての指導を行いました。指導を受けに来た院生たちは,だいたい研究の基本的な構想はできたようですが,これまでの経過の中で,もっとも難しかったのが,「テーマの設定」ということでした。そこで,専門用語の説明に入る前に,「研究アイディアを得るヒント」について紹介しておきたいと思います。この内容は,学部通信制の「心理学研究法 I 」の教科書『教育心理学研究の技法』の1章3節(大村彰道著)に書かれていることのダイジェストです。
●1 研究アイディアを得るヒント
研究のアイディアがはっきりして(テーマが明らかになって)から,それを具体的な研究手続にのせていくことは,さほど難しくないのですが,研究アイディアを生み出すことは,研究を行う個人に任されています。指導教員からアイディアを出すということもできますが,データを集めて分析し,それを論文に仕上げていくという膨大な作業をこなすためのモティベーションを考えれば,自分で選んだテーマであることは奔驰宝马游戏大厅_电子游戏APP下载-【唯一官网首页】な意味をもっていると思われます。
そこで,アイディアを出しやすくするヒントとして,大村先生は,次のようなことを提案しておられます。
1)関連する知識を増やす
研究を始めるためには,基礎知識,予備知識が必要です。また,興味をもつ領域の最新の研究を少しでも多く頭に入れておくことが,研究アイディアを生み出すための必須条件です。そこで,教科書や参考書をよく理解することが出発点となります。また,『心理学研究』『教育心理学研究』『発達心理学研究』など「学会誌」とよばれる雑誌を読むと,新しい研究成果を知ることができます。修士論文のための研究なのですから,外国の文献に目を通すくらいの度胸も必要でしょう。さらには,コンピュータ検索のできるデータベースも便利になってきましたので,これも利用すれば,さらに能率よく背景知識を増やすことができます。
2)疑問を出す経験を積む
これは奔驰宝马游戏大厅_电子游戏APP下载-【唯一官网首页】だと思う論文に出会ったら,その内容を鵜呑にしないで,1文1文注意深く読み,内容をきちんと理解するだけでなく,どこかおかしい(変な)ところはないかと読みなおしてみることが大切です。また,日をおいて読みなおしてみると,その論文の怪しいところが見えてきたりします。そういうところにこそ,さらに研究しなければならない問題が隠れていたりするのです。講義においても同様です。わからない点があればすぐに質問することが大切で,そのためには,積極的に頭を働かせて講義を聴いている姿勢が大切です。このような意気込みで普段から自分の頭を使って考えていると,いい加減なところ,あいまいなところ,怪しいところに気づくようになり,そこに研究すべき問題が隠れている可能性があります。
3)観察眼を鍛える
研究のアイディアは,普段からの観察に基づいて湧いてくるのが普通です。そこで,身のまわりの物事,まわりの人々についての観察眼を普段から鍛えておく必要があります。また,観察は,自分の内部にも向けることができます。
電車やバスを待っている時に,喫茶店やレストランで,などなど,人間観察の場は豊富にあります。もし可能なら,幼稚園や学校での観察も試みてください。
4)アイディアの出やすい状況を作る
関連する知識を増やす,疑問を出す経験を積む,観察眼を鍛えるといった活動を続けているうちに,研究したい分野がだんだんはっきりしてきたら,そのことに考えを集中する時間をできるだけ長く確保することが必要です。「朝から晩まで」「寝ても覚めても」という表現がありますが,その間ずっと集中して考え続けるというのではなく,いつも頭の隅に研究のことを置いておき,いろいろな場面で考えてみるということです。もちろん落ち着いた喫茶店や図書館などで,そのための時間をとるというのも有効ですが,案外,歩いている時や電車に乗っている時などにひらめくというのも多いものです。
メモ帳を絶えず携帯していて,アイディアが出たらすぐ書き留めることは,非常に奔驰宝马游戏大厅_电子游戏APP下载-【唯一官网首页】なことです。忘れるはずがないと思っていても,きれいさっぱり忘れてしまうということはよく経験しているところです。
5)他人と話す
自分の考えていることを,同級生や先輩,先生など他人に聴いてもらうことが,アイディアを生成したり発展させたりするのに大いに役立ちます。話しているうちに自分の考えの偏りに気づかされたりすることもあります。また,関連する情報が得られたりして,話しているうちにさらにアイディアが進むことも多くあります。
以上,大村先生の経験に基づく「研究アイディアを得るヒント」を紹介しましたが,これらのヒントは,テーマ決定までの過程だけでなく,研究を進めていくそれぞれの段階で必要であり,かつ,有効なものと思われます。実践あるのみです。
●2 いくつかの用語についての解説
関連する文献を読んでいる人は気づいておられることと思われますが,修士論文を書く際には,いろいろ専門的な用語や言い回しを使うことが求められます。テーマによって異なりますので,すべてを網羅することはとうていできませんが,基本的な用語について,いくつか紹介しておきましょう。
(1) 仮説:
研究結果に対する予想を意味します。研究というものは,結果に対して何らかの予想があり,それを確かめるために行われるものです。これまでの研究の結果や理論からの帰結としてある予想が立つ場合,それをデータによって立証するというのが研究なのです。そういうきちんとした裏づけのある予想のことを,仮説とよびます。
(2) 変数(variables):
もともとは変化するものという意味です。心理学の研究で使う場合は,研究結果に影響し変化が可能な刺激,反応,あるいは介在要因を指します。
(3) 独立変数?従属変数?媒介変数:
独立変数,従属変数については,数学用語と同じ意味と考えていいでしょう。ある変数が他の変数に影響を与える場合,影響する方の変数を独立変数といい,影響される方の変数を従属変数とよびます。たとえば,学業成績は知能水準によって影響されるとすると,知能水準が独立変数,学業成績が従属変数ということになります。ところが,この両者の結びつきがストレートでなく,もう一つの要因(たとえば学習時間)を間において考えなければならないとすると,この学習時間を媒介変数とよびます。
(4) 尺度:
もともとは物差しの意味です。たとえば,上記の知能水準は一般には知能指数IQで示されますが,そのためには,知能水準を測定しなければなりません。そこで使われる物差し(この場合は知能検査)を尺度とよびます。
尺度は,一般に,次の4種類に分類されます。
「名義尺度」:これは対象の特徴や性質(属性という)を,異なるカテゴリーまたはクラスに区別するような尺度です。たとえば「性別」という尺度は,対象者を男性と女性に分けます。
「順序尺度」:これは対象のもつ属性の大小関係のみを考慮する尺度です。たとえば,テストの結果を,点数によって高い順に1,2,3……というように順位をつける場合の尺度です。この場合,1位と2位の点数の差は考慮されません。
「間隔尺度」:これは,順序関係に加えて,値と値の間の距離(つまり,1-2,2-3,3-4……)が等しいことが保証されている尺度のことです。普通に使われている温度計はこの尺度の例になります。
「比例尺度」:少々難しくなりますが,上記の間隔尺度は,実は絶対0点というものを設定していない尺度なのです。温度計の例でいうと,「絶対0度」という言葉を聞いたことがあるでしょう。これは,(どうやって決めたかは知りませんが)-273.15℃だそうですが,これを0度として普通の温度計のようにして測った温度を絶対温度といいます。この絶対温度だと,10℃よりも20℃は倍の暑さだと言えるのです。こういうように,比例尺度というのは絶対0点をもつ尺度で,これだと,測定値間の比を計算することができます。心理学の場合は,この尺度が使われることはきわめて少ないと考えてよいでしょう。
(5) サンプリング:
先に例を挙げた知能と学業成績の関係を明らかにしようという場合,あなたは,どこかの小学校に出かけて調査を行い,その結果によって証明しようとするでしょう。そして,その結果は,その小学校の児童についてだけ当てはまるものではなく,他の学校の小学生にも当てはめることができる(これを一般化といいます)ということが前提になっています。つまり,あなたが対象とした児童は,いわば,全国の児童の代表(サンプル)なのです。どんな研究でも,すべての人間を対象にすることはできないので,ある限られた人数の人間を対象にして行われるわけですが,その対象を選ぶ場合に,その結果が一般化できるような条件のもとに選択する必要があります。その意味から,対象者の選択をサンプリングとよびます。
(6) 因果関係と相関関係:
先の独立変数,従属変数という用語は,影響する要因と影響される要因というように,いわば因果関係がはっきりしている場合に使われますが,研究で問題とされる変数関係には,「原因→結果」という方向性がはっきりしないものもあります。このような方向性がはっきりしない共変関係を「相関関係」とよびます。
(7) 有意:
論文を読んでいると「この差は?%水準で有意である」というような表現にぶつかります。ここで「有意」というのは,統計的な分析をして確かめられた,という意味だと解釈していいでしょう。統計的な分析については説明する紙数がないので省きますが,前にも述べたように,たとえば得られた差が本当に差があると言っていいかを確かめる必要があります。その時に使われるのが統計法です。
「?%水準」という部分を有意水準といいます。ややこしくなりますが,たとえば2つのグループの平均値を比較して「5%水準で有意差が見られた」ということは,「差がない」と言える確率が5%(以下)だということを意味しています。したがって,5%よりは1%,1%よりは0.5%の方がより確実に言えるということになります。通常の研究では有意水準5%以下(p<.05と表記されます)を採用しています。
(8) 横断的方法と縦断的方法:
例として,子どもの言葉がどのように発達していくかを研究しようとする場合,何人かの子どもについて,たとえば満1歳から1カ月おきに4歳まで,ずっと追いかけて調査をするということが考えられます。それをまとめれば,1歳?4歳までの言語の発達の経過が明らかになります。これが縦断的方法です。
しかし,この研究のやり方だと少なくとも3年たたないと結果が得られないことになります。そこに困難さがあります。上記の例は3年程度ですが,テーマによっては何10年もやらなければならないということにもなります(ちなみに,私は16年間にわたって同じ対象を追いかけたことがありますが,大変でした)。そこで,上記の例ならば,1歳ちょうどの子ども,1歳1カ月の子ども,?4歳ちょうどの子どもというように,それぞれの月齢の子どもを30人程度選んで調査をし,それをつなげて,言語の発達を見るという方法が出てきます。これが横断的方法です。
以上,研究の進め方?論文の書き方について,もっとも基本的な部分については,おわかりいただけたのではないかと思います。修士論文を仕上げるということは,予想以上に困難な作業だろうと想像されますが,その分だけ,完成した時の喜びも大きいと思われます。そして,一歩一歩こつこつと取り組むことが,成功のコツだと思います。時間がない中で取り組むのですからなおさらです。ご健闘を祈ります。
(完)