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【学習サポート】

[心理学実験 I ] 心理学実験 I をふりかえって

福祉心理学助手
大関 信隆

 「心理学実験 I 」のスクーリングを受講された皆様,4日間毎日遅くまでお疲れ様でした。実験を進めレポートを書き終えることに追われて,じっくり考える暇がなく残念,という声もいただきましたので,この場を借りて,ちょっとふりかえってみました。

Q.佐藤俊昭先生の「長期記憶の検索」は,「検索方略」を用いるか用いないかによって,10分間に思い出した数がどう変化していくのかを見ていきました。この実験は他の人と比較したり,平均を出したりしなかったのですが,それでも実験と呼んでよいのでしょうか。

A.はい。これも立派な実験です。
 この実験は,「データ」として得られた「思い出した数」の変化がどのような要因によって引き起こされたのかを,検索方略の有無の効果と実験中の自分の心の中を振り返る「内省」とを合わせて考察するものでした。ひとりのデータをもとに考察していくので,「単一事例実験」と呼ばれています。記憶の古典的研究者として有名なエビングハウスも,最初は自分自身を「被験者」として実験を行ったことで有名です。
 心理学の研究の目的のひとつは,心の働きや行動が起こるメカニズムについて,一般的な法則を見つけることです。今回の「単一事例実験」では,方略を用いた場合と用いなかった場合という「実験的操作」を行うなかで,ひとりの個体(今回は自分自身)から得たデータが,一般的法則に近いものであるかどうかや,法則がどう働いているかを見ていく,という「実験計画」に基づいた実験だったといえます。

Q.今回の実験では,心理学の理論がまず自分自身に当てはまるかどうかを考えてみることが大事ということですね。でも,私自身のなかに見出された法則が他の人にも当てはまっているかどうかは,どうしてわかるのでしょうか。

A.そういう疑問をもって,実験にのぞむのはいいことですね。(1)他の人に当てはまるかどうか,(2)何回やっても,また別の状況でやっても私自身に当てはまるかどうかなどは,この実験だけではわかりません。そういう疑問が出たら,次の実験を計画していくのが,研究を進めていくということです。
 この実験では,日によって課題を変えてみました。「子のつく女性の名前」に取り組んだクラスもあれば,「カラオケの曲名」や「野菜の名前」に取り組んだクラスもありました。時間の都合でできませんでしたが,これらの課題を一人がやって,ほぼ同じ結果や法則が見出せれば,課題の違いという要因よりも,方略の有無の違いという要因の方が影響が大きいといえるかもしれません。また,たとえばまわりに同じ課題に取り組む他の人がいる今回のような環境と,ひとり静かな場所で取り組む場合では結果が違うかもしれません。

Q.この実験で他の人のデータを寄せ集めて平均を出さなかったのは,何か意味があるのでしょうか。

A.今回のような日常的な素材を用いた場合であっても,個々人がそもそも持っている記憶量には差があります。つまり「個人差」の要因が大きいわけです。このような場合,単純にデータを平均化してしまうと,個々人の持つデータ本来の意味が薄れてしまう恐れがあります。単一事例実験は,複数の被験者のデータを集めて処理した際に生じてしまう「被験者間のばらつきの影響」という問題を回避できる長所があります。したがって,今回のような目的の実験には適した方法だと言えます。
 これまでにわかっていることからすると,10分間に思い出した数が,方略を用いればしだいに減りながらもある程度一定の数が思い出せるのに対して,用いない場合は後半にはガクッと減るという数の減り方のカーブ(=「プロフィール」と呼んでいます)が一般的に見出せる法則なのです。そのことを他の人と比較する際には,データを「標準化」(偏差値のような数値に変換する,と考えてください)したり,ベースライン(出発点となる値)を揃えた上でカーブを見ていく,という方法をとればいいのですが,計算が複雑になるので省略しました。

Q.あと,最初に「方略なし」をやった後に「方略あり」をやったので,「方略あり」のときに「方略なし」で思い出した言葉が記憶に出てきてしまったのですが……。

A.このことも「実験計画」を考えるうえでは大切なことです。それを防ぐためには,(1)「方略あり」の後に「方略なし」を行うグループと逆の順序で行うグループを分ける,(2)「方略あり」を行うグループと「方略なし」を行うグループに分ける,というようなことをすればよいのです。ただし,いずれの場合も「標準化」などのデータ修正を行う必要があるでしょう。また,グループに分ける場合は,2つのグループが等質であることを厳密には考えていかないといけません。
 どの実験(正確には「試行」)のあとにどの実験を行うかで影響が出ることは「順序効果」と呼ばれます。それを防ぐための工夫として,たとえば小松紘先生の「背景色の効果」の実験では,「白—黄—黒—青……」の順番で出すグループと「白—黒—青—黄……」の順番で出すグループに分けていました。

Q.あと,意外にものごとは思い出せないなぁと感じたのですが。

A.そうですね。実験を通じて,人間の「記憶」の不思議にめざめていただいて,教科書や他の本をどんどん読んでいただければ,と思っています。繰り返し出てくる名前は思い出せるとか,「記憶のネットワーク」をつくりあげれば思い出しやすくなるとかは,試験対策にも使えるかもしれません。

Q.他の実験には,どんな意味があったのでしょうか。

A.たとえば「触2点閾の測定」では,人間の感覚に「閾(いき)」というものがあることを肌で感じてほしかったというものがあります。刺激が一定以上の大きさ(この場合は「2点間の幅」)になれば2点と感じるのに,それ以下だと1点としか感じないということは不思議ですね。でも,「視覚」でも「聴覚」でも「閾」というものはあります。それから閾には,幅がありましたね。その中央の値を「閾値」と定義づけしています。
 ちょっとややこしい計算をしていただきましたが,その復習は次回にします。
 このことの応用を考えていくと,「閾」の値が「心理的状態」や「身体的状態」によってどう変わるかという実験も考えられます。落ち込んでいる時と快調な時では,触2点閾の値が変動するかもしれません。実際,連日の実験で疲れている方は,データが予測されるとおりにならずに考察が難しかったことを経験されたようです。

Q.「背景色の効果」では,そのグループの人の平均や標準偏差を出しましたが,これは意味があったのでしょうか。個人によって,あの女性の表情を「心が狭い?広い」と感じるか「ふまじめな?まじめな」と感じるかは,随分開きがあったのではないかと思うのですが……。

A.多くの人から集めたデータを比較する時,私達はまずそのデータがどのような特徴を持っているのか(どのような分布になっているのか)に注目する必要があります。例えば算数のテスト結果を元にして,あるクラスと他のクラスとの間に違いがあるかどうかを調べる場合を考えてみてください。どちらのクラスも平均点は50点だったとします。ですが,ひとつのクラスではいろんな点数をとる人がいて(点数の分布はなだらかな丘のような形になります),もうひとつのクラスでは多くの生徒が平均点に近い点数をとっていた(点数の分布はそびえ立つ山のような形になります)とします。こうなると,単純に平均点だけをみて「2つのクラスの生徒は等質である」と考えるには無理があります。そこで,平均以外にもデータのばらつき具合を示す標準偏差(SD)やデータが最も多く見られる場所を示す最頻値などの「代表値」を確認する必要があります。この中で,特に平均や標準偏差はデータの特徴を概観するための最初のステップとして,多くの場面で算出されます。
 「背景色の効果」の実験でも,色の違いによって印象評定にばらつきが多かった項目や,評定のばらつきが全体的に多かった背景色がありましたね。逆にばらつきが少なかった項目や背景色もあったかと思います。それらの違いから,たとえば「?という印象は背景色の違いに大きな影響を受けやすい」であるとか「?の色は多くの人が同じような方向性の印象を持つ」といった,印象と背景色との関係性を考察していけるといいですね。ばらつきがあることの意味,ないことの意味を改めて考えてみるなかで,平均値や標準偏差を算出する意味を考えてみるといいかと思います。

Q.もうひとつ,平均の差がどの程度あったら違っているといえるのでしょうか。たとえばある印象評定項目で,黒と黄色の平均値がそれぞれ-0.82と0.73,標準偏差がそれぞれ1.52と1.68だったとします。このときは黒と黄色に差があったのでしょうか,なかったのでしょうか。

A.黒と黄色の平均点の差は1.55で,5段階評定としては比較的開きが大きめですね。でも標準偏差をみると,どちらの色の場合もばらつきが多いように思います。これを仮にグラフに描いてみると,二つの山が重なり合っている部分が大きいことに気づくでしょう。こうなってくると,平均点の差の開きほどには,実際の二つの背景色の効果の違いは現れにくかったのでは,と考えられます。この結論をより厳密に確認するためには「t-検定」や「分散分析」などの「平均値の差の違い」を測る「統計検定」を行いますが,心理学実験 I の段階では,まだ心理学を学び始めたばかりですので,平均の差と標準偏差から考察していただければ,と思います。

Q.「背景色の効果」の実験では最終的にどういう効果があるといえたのでしょうか。

A.そのあたりは次回以降に小松先生にお伺いしてみましょうか。

お忙しいなか,ありがとうございました。

(次回に続く)

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