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VOL.39 NOVEMBER 2006

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症例A 角川文庫

 この本はミステリーに分類されスラスラ読めますが,心理学や精神保健福祉に関心のある方々にはとても勉強になる内容がたくさん書かれています。
 精神科病院に入院してきた亜左美。精神科医?榊は,彼女が「統合失調症」なのか「境界例(境界性人格障害)」なのかすぐには診断を下しません。診断がちがえば対処?治療のしかたも変わってくるわけで,仮の判断をしながら真摯にみきわめていこうとする榊の態度にまず好感がもてます。
 また,医者として治療した結果,患者のゴールはどこなのか,と自省する姿も共感できます。過去の精神科病院が入院患者をどう経営に結び付けていたか,ということまで出てきます(p.205)。
 亜左美と榊,そして臨床心理士の広瀬を交えて,話が進んでいきます。本書では,精神科医(精神医学)が臨床心理士(臨床心理学)をどう見ているかもうまく描かれています。
 まず,「おなじ資格をもっている者が,おなじ能力を発揮するわけではない。……臨床心理士の資格をもつ者たちは,医者に輪をかけて能力のバラツキがはなはだしい,というのが榊の実感である」(文庫版p.90)。また,p.108?109にある榊の指導教員の「フロイト批判?精神分析批判」,さらには医者は「患者」というが臨床心理士は「クライアント」(お客さん)と言いたがるという指摘もあります。
 途中で,広瀬の指摘から,亜左美は多重人格ではないかという点も出てきます。本書では「多重人格」が本当に実在するのかどうか疑問だという点も含めて,きちんと描かれているようです。榊と別の医師の「多重人格」をめぐる議論が100ページもあって,催眠のことやカウンセラーによってつくられた「偽りの記憶」のこと,フロイトがトラウマを以前は提唱していたのにその後否定した学説史のことなども記載があります。「させられ体験」があり「妄想」「幻聴」もあるけど,統合失調症とは判断できない場合どうするか。「多重人格」ならばある程度依存感情を受け止めることも必要だが,「境界例(境界性人格障害)」ならばエスカレートしていくため,甘えは許さない方がよいなど,診断と対処?治療が一体になっていることに,精神障害にかかわる方々の大変さとおもしろさも感じられます。
 本書のなかのもうひとつの話しには仙台(市博物館がモデル?)も登場します。ミステリーらしく,2つの話しは最後にひとつにまとまりますが,それは読んでのお楽しみ。

(Pon)

■多島 斗志之著 『症例A』角川文庫,2003年 定価760円

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