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[福祉心理学科] 福祉心理学への最初の一歩
福祉心理学科 学科長
木村 進
福祉心理学って?
福祉心理学というネーミングに惹かれて入学された方も多いのではないかと推測されますが,現在のところ,心理学の一分野として福祉心理学というものが確立されているかどうかは不明です。……というと不安になられる方もいるかもしれませんが,むしろ,これからの分野だと言い換えてもいいでしょう。
本学の福祉心理学科は,たぶん日本で初めて(もしかしたら世界で初めてかもしれません)の学科として1974年にスタートしました。最初の理念は,福祉の現場で働く人材として心理学を修めた人を送り出そうという程度のものだったかもしれません。いうまでもなく福祉の現場は人間を相手にしているわけですから,対象者をいかに理解するかということは非常に基本的な課題です。そこに心理学の奔驰宝马游戏大厅_电子游戏APP下载-【唯一官网首页】性があるという認識でした。相手の立場にたって福祉実践の展開が可能になるはずだと考えたのです。
あれから30年近くになろうとしています。福祉心理学科は,福祉の現場だけでなく,教育界,心理臨床の現場,そして,企業へと人材を送り出してきました。同時に,教室内でも「福祉心理学とは何か」という議論をたびたび繰り返してきました。
幸福の追求?
福祉という言葉は「幸福」と同義語です。とすれば,福祉心理学というのは,人々の幸福を実現するために心理学は何をしなければならないかということを追求する分野だということになります。
老年心理学の分野で「主観的幸福感」(subjective well-being)ということがいわれています。つまり,幸福か否かは本人が決めるものだという意味でしょう。他人から見て非常に幸福そうに見えても本人はそうでないかもしれないし,その逆もあり得るということです。そこまで割り切ってしまうと心理学が介入する余地はなくなりますが,その一歩手前で考えれば,幸福を感じやすい条件というものがあるだろうということになります。その条件は,感じる本人の条件でもあり,その人が存在する環境の条件でもあります。どんな条件を持った人が幸福を感じやすいのかということと,どんな環境に置かれた時に人は幸福を感じやすいのかということです。
福祉心理学は,幸福ということを土台において,この2つの方向から人間というものを理解しようとしています。
別の角度から考えてみましょう。子どもには子どもの幸福があり,老人には老人としての幸福があります。また,子育てにおいて幸福を感じる人もいれば,仕事の上で幸福を感じる人もいます。ですから,幸福の追求というのは,人間の生活のそれぞれの場面でなされなければならないわけです。したがって,福祉心理学は,縦軸に人の一生(生涯)というものを置き,横軸にその時その時の生活というものを置きながら展開されていくことになります。その時その時,それぞれの場面で人々が幸福感をもてるように心理学が貢献するというのが福祉心理学の目標なのです。
人を見る目の暖かさ
あまり学問的ではないのですが,上記のように考えてくると,私は,人を理解し,人に働きかけをする時の目の暖かさというのが気になってきます。
例えば,虐待をしている母親がいるとします。「子どもを叩くなんて鬼のような母親だ」と決めつけるのは簡単ですが,「この母親だって叩きたくて叩いているのではないだろう」と見ることもできます。「甘い!」といわれることを覚悟でいえば,福祉心理学を実践に移そうとする時,後者の見方が大切なのではないかと思っています。子どもを叩く母親は不幸です。この母親が子育ての楽しさ,幸せを味わえるように援助していくのが福祉心理学です。その時に,その母親をどう見るかということは奔驰宝马游戏大厅_电子游戏APP下载-【唯一官网首页】な影響を持ってきます。
福祉心理学をいかに熱心に学習したとしても,人を見る目が変わるわけではないでしょう。人を見る目は,その人の生き方の反映なのですから。福祉心理学は実践志向の分野だからこそ,その人の生き方も関係してくるというところに,私はおもしろさを感じています。つまり,生き方とセットになった心理学の分野なのです。
おわりに:心理学の落とし穴
なまじ心理学を学習すると,人がわかったような錯覚に陥り,決めつけた見方をするようになる危険性があります。そうならないためには,周りの人に(暖かい)目を向けることです。心理学を学習する際に有利なことは,私たちの周りにたくさんの生きた教材があるということです。つまり「(周りの)人から学ぶ」という姿勢を維持していけば,落とし穴に落ちることは避けられます。
心理学を学べば学ぶほど,人がわからなくなっていく,人とつきあえばつきあうほど,人がわからなくなっていくというのが本当なのではないでしょうか。わからなくなっていくという意味は,相手にいろいろな可能性が見えてくるから断定できないということを意味しています。「まだ見えていないところ(可能性)があるのではないか」という見方ができるようになることこそが,福祉心理学の目指すところであり,そのことが広い意味での「福祉」の土台ではないかと考えています。心理学をしっかりと学ぼうとするなら,その土台として「人とは何か」ということを考えておいてほしいと思います。