【学習サポート】
[福祉心理学科] 心理学の基本的な考え方
福祉心理学科
小松 紘
◆「心理学」の語源とその研究対象としての「意識」と「行動」
心理学は日本語では「心の理(ことわり)の学」,すなわち心の仕組みや働きを研究する学問という意味をもっており,psychologyという英語の語源は,ギリシャ語の霊魂や心を意味するプシケ(psyche)と学問や科学を意味するロゴス(logos)が組み合わされた形になっています。いずれの場合も「心(こころ)」を研究の対象とする学問ということになります。
「心」は私たちのさまざまな心的事象をすべて包括した言葉ともいえ,用法は広く,文学的用語としても用いられています。科学的用語としてはむしろ「意識」が用いられることが多く,この「意識」の働きがまず心理学の研究対象の一つとしてあげられてきました。しかしこの意識は,本来“気づいている”という意味がこめられており,私たちが意識しないで行動した場合,“無意識のうちに”というように表現されることがしばしはあります。さらにもっと深い意味で,意識の深層にあり通常気づかれていないものとして,「無意識」という概念がフロイト(S.Freud)よって創り出されました。
このように「心」といい「意識」といっても,どちらも主観そのもので本人にしかわからないところがあり,他人がそれを客観的に把握することはきわめて難しい対象といわねばなりません。しかも心の働きにはその本人ですら理解しかねることがあります。劇的な体験をした場合など,私たちは自分自身の心の状態や行動をよく説明できない場合があることを,誰もが体験していることと思われます。しかしその一方で,日々の生活における多くの場面で,私たちは特に問題なく相手の心の状態を理解し,意志の伝達を図ることができます。例えば人の表情に相手の感情状態を推し量ろうとしますし,人の立居振舞にその人の性格の一面を知ることができるものです。このように,表に現れる「行動」には,そのときその人の心のありようがよく現れると見なされます。その上「行動」は,観察したり測定したりすることができますので,意識の主観性に較べてより客観的であり,科学としての心理学のもう一つの研究対象ということになります。
しかしながら,この行動も心の働きの結果,つまり意識活動の産物である以上,主観性を免れることはできないともいえます。例えば,涙にも嬉し涙や悔し涙があり,必ずしも悲しいときだけのものでもありません。“本音と立て前”などの言葉があるように,行動の背後にある動機にはいろいろあることが知られています。心理学という学問の対象のもつこの「主観性」は,この学問が抱えた一つの宿命的なものというほかはなく,私たちは常にそのことを心得ていなければならないわけです。このようなことから,心理学では他の科学で用いられている方法とは異なる独自の研究法が,これまでにもいろいろと考案されてきました。この心理学の方法については,これに続くシリーズで紹介が予定されています。
◆心理学を学ぶ目的と心がけ
私たちは何故に心理学を学ぼうとするのか,そしてその際どのようなことに留意しなければならないかを考えてみましょう。心理学を学ぶ目的はまさに各人各様であると思います。人間そのものに興味があり,人間を理解したいために心理学を学びたいと思っている人,仕事の関係で,人間の心理と行動の背景にある仕組みや法則性について知りたいと思っている人など,いろいろだと思います。しかしそこで注意しなければならないことは,知識欲にのみとらわれないようにすること,常に人のために“良かれ”と思う思いに動機づけられていることが必要です。つまりは人間に対する温かい心に基づいているということです。一時期,実験社会心理学的研究において,いわゆる「騙(だま)し」の実験が行われました。得られた知見は,人間の社会的行動を理解するうえに大変貴重なものでした。しかしこのような研究は,現在では倫理的観点から行われなくなりました。研究上どうしてもこのような方法を用いざるを得なかった場合は,事後に十分な説明とお詫びすることにより,被験者の心に残った不快感を完全に払拭しなければなりません(これをデブリーフィングdebriefingといいます)。
心理学は科学としての一面と,実学としてのもう一つの面を持ったユニークな性格の学問であると私は考えています。つまり心理学を学ぶことにより他者の理解とともに自己の理解をも深め,自己の向上を図るとともに他者の向上に寄与できるようでありたいと思っています。個人的な見解ですが,これが私流“心理学の基本的考え方”ということになります。