【通信制大学院コーナー】
[誌上入門講義] 修士論文指導
心理学における研究の進め方?論文の書き方(1)
福祉心理学科学科長
木村 進
大学の夏休みの期間中,それも旧盆の期間中,通信制大学院のスクーリングというものを経験しました。「生涯発達心理学演習」という私の科目のスクーリングは,自画自賛ながら,まあうまくいった方だと思いますが,この機会を利用して,修士論文についての相談にも応じることにしました。そちらの方は,お互いに苦戦でした。主に「テーマ」について話し合ったのですが,多くは,壮大なテーマで,とても1年や2年で論文が完成しそうにもないものでしたし,また,焦点がはっきりしていないという問題点も見出されました。研究の進め方が分からないという声も聞かれますので,ここで,研究の進め方?論文の書き方ということについて,固苦しくならないように注意しながら,私見を述べてみたいと思います。
●1 論文の完成まで
心理学は,実証的な学問ですから,卒業論文にせよ修士論文にせよ,目的に沿ってデータを集め,それを分析して,その結果をもとにして論文を書くという手順になります。主なポイントは以下のとおりです。
- 問題意識をもつ から テーマ決定 まで
- 文献を探して読む から 仮説の設定 まで
- テーマの再検討 から 研究計画の作成 まで(仮説を立てる)
- データ収集方法の検討 から データ収集 まで
- データ分析 から 統計処理 まで
- 論文目次の検討 から 執筆 まで
- 論文完成 から 提出 まで
これらすべてについて書くとすれば,1冊の本になってしまいますので,ここでは,何回かに分けて,大事なところだけを取り上げてみたいと思います。卒業論文あるいは修士論文に取り組もうとしている人は,まず,上記の流れに沿って,大ざっぱなタイムスケジュールを立ててみてください。もちろん,(7)から逆に考えていくことになります。
●2 問題意識を持つ
すべての研究は,問題の発見から始まります。ここで「問題」というのは,「なぜだろう?」「?の答が知りたい」などということです。疑問と言い換えてもいいかもしれません。ここにまず,その人の個性が現れます。どのようなことに問題を感じるかということが,人によって異なるからです。私は,いろいろな意味で,この個性ということを重視しています。そのことの意味は,読み進めていくうちにだんだん明らかになってくるはずです。現実のなかでは,いろいろなものに疑問を感じたり,問題を発見したりできるはずですが,ここでは,心理学的な研究の話ですので,問題や疑問も「心理学的な」ということに限られてくることになります。しかし,「心理学的な」というのはよくわからないという人もいるだろうと思われますので,あまりこだわらないことにしましょう。人間に関することは,心理学的だと考えてもいいし,テーマが決まってから,どのように研究を進めていくかというところで「心理学的」を意識してもいいということにしておきましょう。
■人を見つめてみよう
私はよく学生に「テーマなんて,その辺にゴロゴロ転がっている」という言い方をします。しかし,それを発見できなければ,テーマにはなりません。だから,まず自分を含めて,人というものを興味をもって見つめてみましょう。
たとえば,昨年卒業論文を書いたある女子学生は,母親の養育態度の違いは,どこから来るのか,ということに注目しました。今年修士論文の指導を私に頼みに来たある修士課程の院生は,同じ子育てをテーマにしていますが,育児書の中で,どのような子育てが望ましいと書かれているかということについて,時代の変化を明らかにしようという意図をもっています。ある学生は,ダイエットに関心のある学生とあまりない学生の違いはどこから来るのかというテーマで卒業論文を仕上げました。「学生にとって卒業論文とは?」ということをテーマにした学生さえいます。また,お酒を大量に飲む学生とほとんど飲まない学生はどこが違うのか,とか,試合になると緊張する選手としない選手はどこが違うのか,というようなテーマもありました。
このように見てくると,論文のテーマというものが身近なところにあるということがお分かりになるでしょう。いずれにせよ,普段の生活のなかで疑問に思ったこと,知りたいと思うことから出発したテーマです。
■学習のなかからテーマを見つける
もう一つ,テーマにたどり着く道は,いろいろな学習,通信教育の場合は,テキストを読んだり,スクーリングを受けたりすることですが,そのなかで問題意識をもち,テーマに発展させるということです。教科書を読んでおもしろいと感じたり,授業を受けていて興味をもったりしたことから出発して,自分なりのテーマに到達するという道です。
私は,大学3年のときに「学習心理学」の講義のなかで聴いた「偶発学習」ということを卒業論文のテーマにしました。これは,例えば通勤で利用しているバス路線の停留所の名前を,いつの間にか覚えてしまっているというような場合の学習をさす言葉ですが,これとは対照的な「意図的学習」との比較において,その性質を明らかにしようと試みた研究でした。講義を聴いたときに,偶発学習というのはおもしろいなと思ったのと,しかし学習は意図的でなければ意味がないだろうと考えたのが,この研究に取り組む動機になりました。
ある学生は,私のゼミで,アメリカの研究者が書いた英語の論文を読み,その研究結果は,日本の若者には当てはまらないのではないかという問題意識をもって,それを証明する研究に取り組みました。別の学生は,授業のなかで言葉の発達は女の子の方が早いという話を聞き,本当だろうかという問題意識をもちました。
このように,自分の学習のなかで疑問を感じたり,問題意識をもったりすることからテーマが出てくるということもあるのです。
●3 文献を探す→文献を読む→テーマの決定
問題意識の焦点がはっきりしてきたら,次は,文献を集めましょう。文献は,単行本という形のものと論文という形のものがあります。テーマについて,そのものずばりという本なり論文なりがあれば,それに越したことはないのですが,現実にはなかなかそうはいきませんので,まず,自分の問題意識なりテーマが心理学のどの分野に属するか,関係するかということを判断し,その分野の本を探しましょう。たとえば,「発達心理学」「臨床心理学」「社会心理学」「人格心理学」「教育心理学」などという本です。これらの本を読むことによって,自分の問題意識に関する基礎的な考えや知識を得ることができるでしょう。いくつかの分野にまたがることもありますから,1冊の本を読むと,別の本も読む必要性が明らかになって,だんだん基礎的な考えが固まっていきます。
それらの本のなかに,参考文献や引用文献という形で,他の本や関連する論文が紹介されているのが普通ですから,自分が目指すところに直接関係するものを,そこから探し出すことも可能です。また,「キーワード」がはっきりしている場合は,図書館でそれを使った検索も可能です。
このようにして,最初は一般的な本からスタートして,だんだん焦点をはっきりさせ,それに伴って読む文献もしぼられてくるということになります。この段階で文献を読む目的は,問題意識に関連する理論や知識についての理解を深め,問題意識をより確かなものにするということですが,同時に,この段階で読んだ文献(の一部)は,卒業論文や修士論文を書くときに引用したり,参考にしたりということにも使いますので,大事だと思われる部分はコピーをしたり書き写したりして,手もとに確保しておく必要があります。その際,著者名,書名,発行年,発行所,引用ページも記入しておくと,後で論文を書くときに便利です。論文の場合は,そっくりコピーしてとっておきましょう。
本や論文を読み進めていくうちに,最初はぼんやりしていた問題意識がだんだんはっきりしてくるはずです。言い換えれば,自分がやろうとしている研究のイメージが具体的になってくるということです。ここまできたら,研究の目的(何を明らかにしようとしているのか)を具体的に考えてみましょう。最初に問題意識をもった時点で,それがはっきりしている場合もありますが,途中で考えが変わる場合もありますので,あらためて考えてみようということです。
実は研究というものは,答えがわからないから調査や実験によって明らかにしようという場合もありますが,圧倒的に多くは,答に対する予想(仮説といいます)があって,その予想が正しいかどうかを確かめるために行われるものです。だから,研究に取り組むということは,どういう結果が予想されるかということを含んでいるのです。上記の文献による学習は,最終的には,仮説が考えられるようにということを目標にしていることになります。そして,どのような仮説を立てるかというところに,その人らしさが出てくると思われます。そこには,上記の学習だけでなく,その人のこれまでの経験や生き方,考え方などが反映されるからです。
以上,研究に取り組むための第一段階について,基本的なことを書いてきました。ここまで来たら,一度指導教員に相談してみてください。次の段階は,いよいよ研究計画を立てることになるわけですが,ここまでの考え方や準備に不十分なところがあると,研究としては致命的なことになるので,テーマや仮説について指導を受け,さらには,研究の進め方についてアドバイスを受けた方がいいでしょう。