BOOK GUIDE 『死神』 文春文庫
福祉事務所って何をするところですか? ケースワーカー(ソーシャルワーカー)って何をする人ですか? そんな福祉初心者の疑問に答えてくれる小説が篠田節子さんの『死神』です。ぎょっとするタイトルですが,直木賞作家の篠田さんは八王子市職員として福祉事務所に勤務経験があり,ケースワーカーたちが接する生活保護世帯がどんな現実をかかえ,どんな修羅場があるのかなどのイメージがわく本です。
たとえば,夫が新しい女をつくって家にも戻らず生活費をいれず家賃を滞納したため借家を追い出された母子,離婚成立後もだれかが助けてくれるのをぼんやり待っているだけの若い母に,ケースワーカーはアパートをさがさせ,ハローワークに行かせと奮闘。「自立支援」がケースワーカーの基本であることがわかります。
また,このようなケースでは,「医療費等の全額補助,子供の給食費の免除,家賃の限度額までの補助,十分な収入を得るのは難しい場合は生活費の補助,当面の生活に困窮した場合には母子貸付金制度」がある(p.62)など,「公的扶助論」で勉強する保護の種類=「生活扶助」「教育扶助」「住宅扶助」「医療扶助」……などが具体的に出てきて勉強になります。
さらに,「子供を妻に押しつけて逃げた夫から養育費を取り立てる権限はない」(p.165)福祉事務所だけど,別れた夫の説得にあたることもあるとか,「子供を抱えた女性に対して,保護を切るという非常な措置はまずない」(p.66)が,生活保護費を巻き上げる男につかまったりする現実もあるとのこと(p.54)。ちょうどこの本を読んでいた7月10日には,北九州で生活保護を「辞退」した男性が孤独死というようなニュースもあり,保護の停止時期の判断は難しそうな問題です。
8つの短編の登場人物は,それぞれ一筋縄ではいかない,したたかな人たちです。ケースワーカー自身の不幸も描かれ,強弱が逆転しているケースもあります。解説に書かれていますが,「人間の<不条理>を受け入れること。『弱者』から強さを発見し,ひるがえって,『弱者ではない』はずの自分たちの弱さを噛みしめること」—このような感じは「福祉職」についていると時々味わうもので,「文学」にも共通するものでしょうか。
いろいろな人の人生が見えるという意味で,ケースワーカーって大変だけど奥が深いしごとだな,と感じました。
(Pon)
■篠田節子『死神』文春文庫 1999年,定価540円(税込)
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