【現場から現場へ】
[指導者MESSAGE]
「私」自身に立ち戻り,「私」自身から出発すること
子どもと家族の相談室/寺子屋お?ぷん?どあ 社会福祉士
静岡市教育委員会スクールソーシャルワーカー
本学通信教育部 兼任講師 川口 正義
◆はじめに
船舶工学を大学で学び卒業した後,本学に学士編入したのが,今から29年前。卒業後,児童養護施設,民間教育機関を経て相談室を開設して,今年で20年目に入った。その間,11年前に社会福祉士の資格を取得し,3年前に本学通信制大学院を修了,昨年度より縁があり通信教育部にて学生の方々とお付き合いさせて頂いている。
現在は「独立型社会福祉士」としてのスタンスにてコミュニティ?ソーシャルワークの実践を行い,また今年度よりスクールソーシャルワーカーとしての活動も加わった。このような立場から日々,感じ思っていること,更に後輩である学生の方々に伝えたいメッセージを書かせて頂く。
◆独立型社会福祉士とは?
皆さんは「独立型社会福祉士」なる存在をご存知だろうか? 独立型社会福祉士とは,社会福祉施設?機関に所属することなく「地域を基盤として独立した立場でソーシャルワークを実践する者」をいう。
社団法人日本社会福祉士会(会員数:2万6,385名/2008.2.29.付)のうち,「独立型社会福祉士ガイドブック」登録者は85名である(2007.3.31.付)である。またそのほとんどが介護保険制度や成年後見制度を活用した領域に集中しており,筆者のように子ども家庭福祉や精神保健福祉領域を中心とする者は僅少である。
◆相談室開設目的と活動内容
〈開設目的〉
筆者と妻(ソーシャルワーカー)は1980年代の数年間を児童養護施設(社会福祉法人仙台キリスト教育児院)にて,子どもたちと生活を共にした。「措置」によって親と離れ離れの生活を余儀なくされた子どもたちは,心の奥に自己と自己を取り巻く世界に対する不信感を強く抱いていた。その子どもたちが愛情関係を再体験していく中で自己肯定感と他者に対する信頼感を取り戻していく歩みと,家族の再統合に向けた施設実践には,多くの時間と労力を必要とした。
一方,地域においては「家庭」の形をかろうじて保ってはいるものの,実質的には「機能不全」の状況に置かれた多くの家庭の姿が散見された。まさに地域社会から孤立しがちな家族が,様々な事情により機能不全に陥り,その中で子どもが心的外傷?喪失体験を受け,また家族も傷つき,家庭が「崩壊」していく社会状況が進行していた。
それらの状況を目のあたりにする中で,家族の機能不全化や崩壊化を防ぐために,地域内の子ども?家族問題の早期発見,早期対応に努め,様々な子育て?家庭支援活動を通して,地域の中で早めに子どもと家族を支えるための“事前的な支援システム”作りに取り組む必要性を痛感し,1989年4月,相談室の開設に至った。1997年からは「独立型社会福祉士事務所」を“中核”とする活動スタイルをとっている。
〈活動対象領域〉
教育,子ども家庭福祉,精神保健福祉の領域を中心として,以下の「問題」についての相談援助活動を行っている。
いじめ,不登校,ひきこもり,「非行」,家庭内暴力(青少年による親への暴力),乳幼児の子育て不安,チャイルド?アビューズ,ドメスティック?バイオレンス,暴力?犯罪?家族の死?事故?病気などによる心的外傷?喪失体験,アディクション(アダルト?チルドレン,共依存,摂食障害,アルコール?薬物?ギャンブルへの嗜癖),精神障がい,心身症,発達障がい
〈活動内容(支援サービス)〉
現在,一部休止しているサービスもあるが,以下のサービスを提供してきた,利用者は日本全国に及んでいる。
(1)教育福祉相談活動(来室?訪問面接,電話,FAX,メールなど)
(2)個別訪問活動(子ども?青年などの希望する時間帯,場所,関わり方に合わせて,県内外を訪問する活動)
(3)オープンスペース活動(子ども,青年,おとなの参画による「居場所」活動。4つのスタイル)
(4)サポートグループ活動(親どうしの相互支援グループ,及び自助的治療グループ活動)
(5)レストホーム活動(子ども,青年,女性などを緊急一時保護する活動。養育里親としての一時保護の民間委託活動も併用)
(6)子育てレスパイトサービス活動(子育て支援と虐待防止のための一時保育サービス)
(7)地域生活支援ネットワーク活動(司法,医療,福祉,保健,教育など,公民の関係機関?団体?グループ?個人とのネットワーク活動)
(8)市民講座,学習会,イベントの企画?運営,講師の派遣
(9)広報?啓発,情報提供活動(会報の発行,HPの運用),後援会活動
◆当事者の方々から学んだこと
吹けば飛ぶような小さな相談室を続けてくる中で,“ソーシャルワーカー(以下,SWr)として何が必要であるのか!?”について,多くのことを学んできた。学生の方々に伝えたいことも多々あるが,紙数の制限上,3点のみ記したい。
(1)当事者を信頼すること
「当事者主権」の思潮や当事者学の台頭を尊重した上で,「当事者を信頼する」ことができるかどうかが問われている。いかなる心的外傷?喪失体験を被ろうとも,人はその人自身が必要とする時間と支援が保証される中で「回復」していく。当事者の有しているリジリエンシー(自己回復力)を信じられるSWrでありたい。「Start where the client is.」─すべてのニーズは眼の前の当事者の呈する「現実」の中にある。
(2)自分自身に正直であること
私たちは自らが依拠し,あるいは自らを支えてきた社会体験やそこから培われてきた思考の枠組みや価値観をもってソーシャルワーク実践に臨む。しかし,時としてそれらは自らの思考,行動を束縛することがある。そのようないつしか心身に染み込んでしまっている「垢」を洗い流すことが必要となる。そのためには自らの深部で生起する疑問や迷いを誤魔化さないことが必要であろう。
また,SWrとして仕事をしていく際には,どうしようもない無力感を感じる厳しい現実と直面せざるを得ない。しかし,当事者が地域の中で生活し生きている,その「現実」が常に突きつけてくる「問い」から眼をそらさず,葛藤し苦悩し揺れ動くこと。そのことを通して自己覚知が進む。
SWrとは当事者のみならず,自分自身に対しても“正直”な人のことをいう。演習科目も現場実習も,その一つの機会と位置づけたい。
(3)「ソーシャルワークする私」を見直すこと
「人を支援すること」に快感を覚えるとき,そのSWrは自らを見失い,傲慢と化す。援助専門職としての自らの中にある「当事者性」に気づき,素直に認めることができたとき,当事者に対する謙虚さを少しでも取り戻すことができるのかも知れない。また,いかなる「場」で「何」をしているとき,「自分はソーシャルワークをしている」と実感できるのか!? あるいは「何」ができ得たとき,SWrとしての立場性と質が担保され得るのか!?─といった自問を実践の中で確かめていく姿勢も必要となろう。
SWrとしての自らのライフヒストリーを見つめ直す中で,“これをやらなければSWrとして生きてはいけない”といったテーマを設定し,検証し続けること。そのこともまた,日々の実践の中で求められている。
◆新たな時代の担い手として
「希望格差社会」「封印される不平等」「下流社会」あるいは「プア?ワーカー」等々。現代の社会状況と時代性を象徴するかのようなキーワードが巷に溢れている。日本社会は人間性喪失と閉塞化の度合いを深めるばかりである。
また,一連の福祉改革により生み出された制度や政策の渦の中で,ただ単にそれらを傍観し,あるいは依存し,その中で求められる役割を従順にこなすのみであれば,ソーシャルワークの援助過程は限定化?変質化を余儀なくされ,その社会的役割は消失していくであろう。
人は意識したものしか見ることができないし,問題は名づけられなければ「社会問題」として認識されない。また,人も社会も表面化されない問題が渦巻く「闇」を有している。
本学で学ぶ学生の方々には,当事者の有する「声なき声」を聴き,「闇」のあり様を意識化する中で明らかとなった課題を,具体的な支援サービスの創出へとつなげていけるようなSWrとなって欲しいと切に願っている。そのためにいかなる学びが必要であるのか。これからも学生の方々と共に学びながら模索していきたいと思っている。
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