【学習サポート】
[誌上入門講義]
こころの健康と福祉 ?精神医学の立場から?
教授
佐藤 光源
●医学?医療,そして社会福祉
医学?医療と社会福祉とはどのような関係にあるのでしょうか。一般的な理解を再び『広辞苑』で調べてみました。「医学」とは病気に対する新しい医療技術の開発,例えば診断?治療の新しい方法を開発する学問とされています。では「医療」とは何かといいますと,その対象は病気よりも病人に重点が置かれていて,現有の医療技術を駆使して病人を治すこととされています。つまり,病気で損なわれた病人の社会生活機能の回復を重視しているのです。病気よりも病人を診る,病気を治して回復した人の幸せを願う,そこに医療と福祉の共通性をみることができます。
このように,社会福祉には健康な人のQOLの改善だけでなく,社会生活機能に障害を持つ多くの人々を援護?育成して更生を図るという大きな使命があります。社会生活機能は,冒頭に述べましたように,身体の病気でもこころの病気でも損なわれます。こころの健康と福祉は福祉全体の基盤をなすものであり,精神医学と精神保健福祉はお互いに理解を深めて連携する必要がある,他の関連領域と協力してノーマライゼーションを実現しなくてはならない,それが私の主張したいところです。
●精神医学における多軸診断法
BPSE概念を精神医学に取り入れて,いま世界中の精神科医が診療に使っているのが多軸診断法です。中耳炎の場合には中耳炎という診断だけでも診療できますが,こころの病気はそうはいかないのです。例えば老年期うつ病の場合,患者さんをつぎのような5つの軸で評価します。I軸(疾患)はうつ病,II軸(人格?知能)は執着気質,III軸(身体合併症)は高血圧,糖尿病,多発脳梗塞,IV軸(心理社会的な環境)は同居家族との不和,V軸(全般的な生活機能レベル)は40点,といった具合です。これが多軸診断法で,疾患だけをみるのではなく病人の全体像をとらえるのに便利です。
ついで,I?IV軸にある諸問題とそれぞれの対処法を考えて整理し,包括的な治療計画を立てます。先ほどの老年期うつ病を例にとりますと,I軸(うつ病)を治すのに抗うつ薬を使い,支持精神療法も行います。II軸(執着気質)には回復したあとで自分の性格への洞察を深めていただき,それを再発予防に役立てます。III軸の身体合併症には内科的な治療を行います。IV軸(同居家族の不和)には家族と相談して調整します。こうしてV軸の社会生活機能を高めていくのです。病気が回復に向かうとともに,しだいに精神保健福祉士の役割が増していきます。
このような治療計画を作ってそれを実践するためには,看護師や臨床心理士,精神保健福祉士などのコメディカル スタッフの参加が必要です。また,治療計画を患者さんやご家族にも説明して分かり合った医療を展開する,それが今取り組んでいる精神科医療の最前線の話題です。
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