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【BOOK GUIDE】

素足の心理療法 みすず書房

 心理療法家として実践の現場に立つ際の基本的姿勢が,著者の数十年の臨床経験にもとづいて述べられています。古今東西の文学などからの引用が散りばめられ,初心者には難しいところも多くあります。しかし,「人間は喪失の上にこそ,またささやかな夢をきずくことができるのである」(p.57),「沈黙に心を向けることは,ことばを越えたところにある現実に気がつくことである」(p.3)など美しい文章に出会うことができます。難しく感じる箇所はとばしながらも,何度も繰り返し読むに値する本です。

 「心理臨床にはリアリズムのみ必要なのであって,何のロマンチシズムも,ましてやセンチメンタリズムもあり得ない」(p.145)とあります。しかし,著者の患者を見る視点は,「総じて心理療法の対象である患者は,なんらかの逆境に投ぜられて,それを切抜けることができなかった人といってよい」(p.132),「患者と生活者への分れ道は文字通り紙一重」(p.134)など,とてもあたたかいものです。人間そのものの弱さ?不完全さへの諦めや,すべての存在者に「意味」があるという意識が著者の根本にあるようです。
 そして,患者が客観的に自分を見つめるゆとりを取り戻すために,心理療法家は患者といっしょにいてその話しに耳を傾けることが基本姿勢であることが強調されます。「身をのり出して,文字通り全身を耳にして傾聴しなければいけない。……患者の言葉には問いが必ず含まれている。それを患者の身になって考えなければならない」(p.153)。
 また,「情緒的な反応をしない」「人を裁かない」「患者をいやすべきものとして見ないで,それ自体として見る」「治療者はおのれの受苦や忍辱で患者を理解できるとしたら思いあがりをしばしば無残に砕かれる」など心理療法家として忘れてはならないであろうことが,18の章にわたって述べられています。
 書名の「素足」の意味も7章で解説されます。多くの心理療法の本には失敗例がのっていない,「私はギリシャ悲劇とドストイエフスキーの作品の中に臨床心理のほとんどすべての問題が含まれていると思っている」(あとがき)など,はっとさせられる意見もあります。
 本書の冒頭で,「心理療法は……主として言語によって,あるいは表現によって,専門的な職業的人間関係を通じて,心をいやすことである」(p.1)という一文に出会います。聴くことと表現することの深い意味を,そして,専門家として腕を磨くことの大切さをあらためて思い起こさせられます。本書に述べられていることは,心理療法家だけでなく,福祉のしごと従事者など,すべてのヒューマン?サービス?ワーカーに当てはまることではないでしょうか。

 筆者の霜山氏は,ナチスの強制収容所の体験を記した『夜と霧』(V.E.フランクル著)の訳者としても知られています。また,『霜山徳爾著作集』も学樹書院から刊行されており,本書よりもう少しわかりやすい「明日が信じられない」「人間とその蔭」が著作集第1巻に収められています。関心をもたれた方は,そちらもどうぞ。

■霜山徳爾著 『素足の心理療法』 みすず書房,新装版2003年発行 (2500円+税) 引用ページは1989年発行の版による

(Pon)

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