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VOL.53 AUGUST 2008

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[特別支援教育] 障害児教育から学ぶ

准教授 荒川 圭介

 岩手?宮城内陸地震の1週間前,東京秋葉原で起きた事件は,社会に大きな衝撃を与えました。逮捕後に,「両親を親と思っていない」という容疑者のことばが,胸に深く突き刺さりました。教育に携わってきた者として,容疑者の生育歴の中で,家庭,学校,地域社会,職場でどうかかわっていけば良かったのかを考えさせられた事件でもありました。
 障害児教育が大切にしてきたものの中に,ヒントがあるような気がしてなりません。それは,子どもにかかわっている教師や親だけでなく,すべての人々が心にとめておくことではないかと思います。

◆Only One

 両親の愛の結晶である子どもが生まれたときのあの感動は,いつまでも忘れることはできないものです。誰もが,健やかに育ってほしいと純粋に願います。スマップの歌にもありますが,子どもは世界に一人しかいないかけがえのない人間なのです。6月1日(日)に仙台で「とっておきの音楽祭」が開かれました。障害のある人もない人も一緒に音楽を楽しみ,音楽の力であらゆる個性が輝いてほしいという願いのあるイベントです。合い言葉は『みんな違ってみんないい』です。みんな姿,形,生き方や考え方,能力が違っていても,お互いを認め合い尊重していくということです。これは,有名な金子みすゞさんの詩「わたしと小鳥とすずと」にある一行でもあります。親は,生まれたときの感動を忘れず,かけがえのない子どもをあるがままに受け入れながら,「私の子どもでいてくれてうれしい」ということを我が子の心に伝え続けてやることではないでしょうか。

◆褒める

 褒めてやると子ども達は目を輝かせ,生き生きと取り組みます。そしてやり終えたときの喜ぶ表情は何とも言えません。「先生また明日ね」といって,跳び上がるように帰っていきます。本来,子どもは,このように明るく元気なものだと思います。しかし,いつもできないことを注意されたり指摘されたりし続けると,自信をなくしてしまいます。そして,何事にも消極的になったり,ときには問題行動を起こしたりしてしまいます。これは,二次的な障害といわれるものです。
 日々成長している小さな変容を認め,昨日より早くできるようになったこと,上手にできなかったがここまで頑張ってやれたことなど,結果だけを見るのではなく子どもの意欲や態度にも目をやって,声掛けすることの大切さも学びました。やはり一番は,褒めることです。そうすれば,子どもは自信を持つことはもちろんのこと,次の課題に対しても意欲的に取り組みます。
 一度子ども達への声掛けを見直してみることも大切です。ついつい注意したり,叱ってしまったりすることが多いのではないでしょうか。子どもを見る観察眼を養いながら,少しずつ褒めることを多くしてはどうでしょう。子どもの性格にあった希望を持たせる声掛けを見直してみましょう。子供は,叱責だけでは育たないと思います。決して子どものすべてを否定するような声掛けをしないことです。「私の存在を認めてほしい」という子どもの声が聞こえてきます。心から褒めてやりたいものです。

◆基本的欲求を満たしてやる

 学級づくりのときに常に心に留めていたことに,マズローの「欲求階層説」があります。人を行動に駆り立てる原動力を動機(motive)と呼びますが,その行動の原動力となっている内的状態を欲求(need)と呼びます。欲求は,第1層の生理的欲求が充足されれば,第2層の安全の欲求,次に第3層の愛情と所属の欲求,第4層の承認と自尊の欲求へというように階層をなします。ここまでの第1層から第4層までの欠乏欲求(基本的欲求)がすべて満たされると,第5層の自己実現の欲求,すなわち自分の可能性を追求し,自ら成長しようとする高次の欲求を充足しようとするという考え方です。
 食事も与えられない,虐待やいじめ,暴力がある,愛情を感じられない,家族やクラスや職場の一員として所属感が持てない,みんなから自分が認められていないということがあれば,自分を高めようという気持ちは生まれないのです。子どもにかかわる人たちが,こうした基本的な欲求を満たしていくような環境を整えていかなければならないと思います。この階段を一段一段上れずに踏み外してしまった人も多いと思います。家庭や学校,地域社会,職場でこれらの欲求を満たしてやるように努めていくことが,キーポイントだと思われてなりません。

◆手を離して,目を離さず

 3年生から特別支援学級に入級してきたA子さんは,着替えをするとき,何もせずにじっとして立っていました。ほかの子ども達がすっかり終わっても,まだじっとしていました。聞いてみると,通常の学級では,友達が手伝ってくれていたのです。ですから自分でやろうとしなかったのです。将来の自立を考えると,自分でできることを増やしていくようにすることが大切です。子どもの成長につれて,親は次第に手を離していきます。もちろん,できないことには手を貸してやります。本来,自分でしなくてはいけないことについては,できるように励ましていかなければなりません。決して,支援援助をし過ぎないようにすることです。
 一日の生活の流れの中で,自分でできることが増え,基本的生活習慣が確立してくるようになると,学習にも落ち着いて取り組むとも教えられました。昨年度,文部科学省が行った学力テストにおいて,秋田県が日本一になりましたが,家族と一緒に朝食をとることや帰宅後の家庭学習が習慣化していることなど,基本的な生活習慣が確立している子どもが多いという実態が分かりました。
 小学校高学年から中学校にかけてみられる「第二反抗期」は,とても大切な時期です。この時期の子どもたちは,自分の考えを持つようになります。まず話をよく聞いてやること。次に,周囲の同年齢の子どもの様子も理解して,親としての考えを伝え,その後で,子どもが自分で責任をとれるように判断して行動できるように「子どもに任せる」ことが大事です。親離れ,子離れの大切な時で,親もつらい時期となります。ここでも,目は決して離さないことです。そうすれば,「心ではあなたのことを,いつも思っている」ことは伝わります。手も離し,目も離すことのないように気をつけていきたいものです。

◆五つの「掛ける」

 教育の成否は「担任にその人を得ることである」といわれます。すばらしい実践をしてきた先生方の本を読んでいくと共通していることが分かります。ある本の中に,よい先生とは五つの「掛ける」を持っているというのを見つけました。その五つとは,『(1)「目」を掛ける。(2)「手」を掛ける。(3)「ことば」を掛ける。(4)「微笑み」掛ける。(5)「心」を掛ける。』というものでした。
 確かにこれまで出会ったすばらしい先生方は,この五つを持っていました。その先生のことを思い出すといつも「笑顔」が浮かびます。微笑みは,周りの人を安心させる力を秘めています。家庭では夫婦仲良く,学校では先生と保護者が仲良く,地域では町内の人と仲良く,職場では同僚と仲良く「笑顔」で過ごしていきたいですね。NHK朝の連続ドラマ「瞳」のように,周囲の多くの人たちから目を掛けてもらい,声掛けされて,子ども達は健やかに成長し,豊かな心も育つものと思います。教師も,親も,地域や職場でも,心掛けたいことです。

 教えたからすぐ分かる子どもは,少ないようです。「施して求めず」という気持ちが大事です。また,「子どもの1日は,大人の1週間と同じですよ」という先輩教師から教えられたことばも耳に残っています。長いスパンで見守ることも必要です。子どもの成長には,長期的ビジョンをもち,心にゆとりを持って,温かい人間性でかかわっていきたいものです。障害児教育でよく言われる「呑気に,根気よく,元気に」という三気で見続けていくことが大切だと思います。一人一人「生きてきてよかった」と思えるような世の中にしていきたいと思うこのごろです。

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